宝当神社(佐賀・高島)情報サイト

宝くじの島になったお話 > 発案期

宝くじが当たる高島を知ってもらいたい!

高島の島民を静かに見守る宝当神社が、なぜこれ程まで全国的に有名な神社へと変貌を遂げたのか、興味が湧いてきますよね。

ここからは、綱吉公のご利益だけではなく島民の熱い思いが後押しして、飛躍的に宝くじの島と呼ばれるほどになるんですよ。

最も最初のきっかけは、平成4年12月10日の事。島おこしをしようと思い立った島民の皆さんが、何か良い案は無いかと考えた末「そうだ、高島を報道してもらうというのはどうか!」との発案から、報道陣を呼ぶ事になりました。

確かに高島の良さを多くの人に知ってもらい、島全体を盛り上げるには知名度を上げる必要がありますし、報道される事はなによりも効果的な島おこしになりますよね。

さて記者の立場になってみると、取材をするからには世間が驚くような島の特徴や、珍しい物はないかと探しますよね。高島は元々豊かな海に囲まれた島ですから、釣りやダイビングは盛んでした。

とはいえ釣りでは記事になりませんし、ダイビングも全国の海で楽しまれているスポーツですから目新しくはありません。

ですが高島には素晴らしい歴史と由緒ある神社がありますよね。宝当神社です。

祭神にまつわる話もさることながら、すでにその頃には知る人ぞ知る「宝くじが当たる神社」として知られていましたので、島おこしのひとつになるのではないかと、記者に話して聞かせたのです。

その後、活字として宝当神社が記事になったのですが、島民の一人野崎隆文さんがその記事を読み返して思いついたのが「宝当の袋を作ろう」というもの。

宝当。宝が当たる。その字面を眺めているうちに思い至ったのが、宝当の袋だったのですね。イメージが沸々と湧いてきた彼は、どうにか試作品を作ってみます。

ですが野崎隆文さん、男性です。裁縫が得意では無いどころか、袋など作ったこともありません。そこでカッターシャツの腕の部分を切り取り、試作品を作ってみる事にしました。