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宝くじの島になったお話 > 創製期

宝当神社の宝くじ当選の実績第一号

島民の応援を得て作られた、一般の方へ向けて作成される宝当袋。12月1日発売の年末ジャンボ宝くじが当たるよう祈願に来られた方々に手にしてほしいと、なんとか徹夜で間に合わせました。

ですが、参拝者はほとんど手にしてくれないのです。野崎さんの思いが込められた宝当袋は、単なる土産物として誰も買おうとはしませんでした。

ですが宝当袋を一生懸命作成し続ける姿を見た、野崎隆文さんのお父様。自分も何か手助けは出来ないものかと考えます。

野崎さん父子は、人のために何か出来ないかと考える血筋なのかもしれませんね。

さて、これから宝当神社の凄さを目の当たりにするような出来事が起こります。

実は野崎さんのお父様、自分が宝くじを買って当選したら、きっと宝当袋も息子も、世間様に認めて貰えるだろうと考えて、なんと15年ぶりに宝くじを購入する事に決めました。

子供のために、わざわざ海を渡って唐津市内へ入り、宝くじを50枚購入したのです。15年ぶりの宝くじ購入は、息子の為だというから驚きです。

父は、息子に直接報告する事はありませんでしたが、自宅に置かれた宝当袋と宝くじ50枚を見た野崎さんは、父親のこの行為が痛いほど嬉しく、より宝当袋作成に心を込めていった力の源になったと後に語ります。

子は人様の為に。父はそんな子の為に。きっと宝当神社のご祭神も、野崎さん父子の事をご存じだったのではないでしょうか。

実はこの宝くじ、なんと100万円が当選してしまったのです。島中が驚きと喜びに包まれ、宝当袋は徐々に売れ始めていきます。

しかも、当選したのは野崎さん一家だけでは無かったんですよ。なんと宝当袋を製作していたおばあちゃんが、お正月に購入した宝くじを当ててしまったんです。しかも、二人も!

この二人のおばあちゃんは、生まれてこのかた、80年間一度も宝くじを買ったことはありません。ですが、試しにと買ってみた宝くじが当たってしまったのですから驚きですよね。

宝当神社のご利益ではないとしたら一体どうして島民が、しかもこの宝当袋に携わった人へ、立て続けに当選するという事になるのでしょう。

これら一連の出来事は、またもや記事として発信されました。もちろんその後の参拝客は明らかに増加。そして宝当袋も飛ぶように売れていったのです。

島おこしとして、島の事や参拝客の事を考えた島民の心や行動が、宝当神社の神様のご利益を呼び寄せたとしか思えないお話ですよね。

島おこしは、まだまだこれからが本番となります。今までは参拝者もごく少数の限られた人たちばかりだったので、島の整備は徹底されていませんでした。

ですが今や多くの人々がご利益を授かろうと、高島へ来るようになったのですから、島も多くの参拝客を受け入れる体制を整える必要が出てきたというわけなのです。

宝くじが当たる島は、これからどのように発展していったのかは、また次のお話で。